EUの化学物質関連規則を統合するREACH規則について紹介
2018.08.31
REACH規則が2007年に施行されてから、すでに10年以上が経過しました。REACH規則では第117条で、欧州委員会(EC)に対して、REACH規則の運用によって得られた知見などを踏まえたレビュー結果を5年ごとに公表することを義務付けています。
第1次レビュー結果は2013年2月に公表されていましたが、ECは2018年3月に第2プレスリリース1)とともに第2次レビュー結果2)を2018年3月に公表しています。
今回は第2次レビュー結果から、当局が考えているREACH規則の運用上の課題などについて紹介します。
第2次レビュー報告書では、REACH規則の施行以降の10年間の活動によって、REACH規則が人の健康や環境の保護といったEU市民の化学物質の安全性への懸念に対処していると結論付けています。また、これまでのEU域内で製造、使用される化学物質の包括的なデータ生成および評価システムが構築でき、EU以外の他国の化学物質管理にも多大な影響を及ぼすなど、REACH規則の10年間の運用で大きな成果があったことが示され、REACH規則条文の修正は不要であると結論付けています。
一方で、REACH規則の目的を達成していくためには、いくつかの欠点や課題に対応する必要があることが指摘されており、特に迅速な改善が必要であるとして次の項目があげられています。
これらの課題への対応するための活動として、次の5分野16項目があげられています。
REACH規則の条文自体は変更されないものの、その運用などの改善に向けて、これらの項目について、今後ECは欧州化学品庁(ECHA)や加盟国などとともに活動を進めていくことになります。
サプライチェーン全体での化学物質の知見と管理 | 活動1:登録一式文書の更新促進 |
活動2:評価手続きの改善 | |
活動3:拡張安全データシート(eSDS)の作成負荷の軽減と品質向上 | |
活動4:サプライチェーンにおける高懸念物質(SVHC)の追跡 | |
リスク管理の強化 | 活動5:SVHCの代替促進 |
活動6:実効性を高める認可手続きの簡素化 | |
活動7:社会経済性情報を規制措置検討の早期段階で活用 | |
活動8:制限手続きの改善 | |
活動9:制限手続きにおける加盟国との連携強化 | |
活動10:予防原則の適用方針の整理 | |
活動11:認可と制限の相互作用 | |
一貫性、執行、中小企業対策 | 活動12:REACH規則と労働安全衛生関連規制の繋がり |
活動13:執行の強化 | |
活動14:中小企業の順守支援 | |
手数料およびECHAの今後 | 活動15:手数料およびECHAの今後 |
さらなる評価が必要な事項 | 活動16:低トン数帯やポリマーの登録情報要件の見直し |
これらの活動は直接的に産業界にアクションを求めるものではなく、ECやECHAなどの当局に手続きの効率化や検討を要請するものです。そのため、すぐに企業に影響を及ぼすものではないのですが、一部、今後の検討内容によっては、企業に影響を及ぼすことが想定される内容があります。
2018年5月末をもって、段階的導入物質の登録猶予期間は終了し、EU域内で1t以上製造・輸入する企業による物質の登録が原則完了しました。
提出された登録一式文書は形式やその内容について順次チェックが行われ、不備などがあれば、修正や追加情報の提出が求められます。従来から登録一式文書の不備が散見されたことから、品質向上を図る取り組みが行われていますが、改めて不備の発生要因の特定や評価の効率化などによって登録一式文書の品質向上への取り組みが進められることになります。
また、REACH規則第22条で登録者に対する登録後の義務として、企業情報や物質組成、健康や環境に対する新たなリスク情報の入手などの変更があれば、遅滞なく登録一式文書を自発的に更新することが求められており、登録後も必要に応じて対応することが必要です。しかしながら、2次レビューでは、企業が登録一式文書を自発的に更新するためのインセンティブがないため更新が進みづらい現状に対して、当局および産業界が協力して、2019年第1四半期までに改善策を提案するよう求めています。
物質・混合物の情報伝達としては、REACH規則の施行前からSDSの提供が求められていましたが、REACH規則によって、所定の条件を満たす場合には、SDSの付録としてばく露シナリオをつけた「拡張SDS」の提供が新たに義務付けられています。しかしながら、中小企業などでは、ばく露シナリオの作成は難しく、また作業負荷がかかってしまうのが実態です。そのため、業種に応じたフォーマットやITツールなどの開発・活用を促進するよう産業界に働きかけるとともに、ばく露シナリオの品質向上に向けた最低要件の明確化や混合物のSDS作成手法の開発などを進めることがECに求められています。
成形品については、REACH規則第7条および第33条によって、成形品中の認可対象候補物質リスト収載物質(CLS)の情報伝達や届出が義務付けられています。しかしながら、2次レビューでは、成形品中のCLSの情報伝達に対して、企業が対応に苦慮していることが指摘されています。一方、廃棄物のリサイクルや原材料としての2次利用などを改善するために、2015年に策定された「循環型経済(Circular Economy)活動計画」によって「材料や製品中の高懸念物質を追跡する仕組み」が必要であることが示されていました。そのため2次レビューでは、「材料や製品中の高懸念物質を追跡する仕組み」を実現するための対応策を検討することがECに求められています。
このような背景を受けて、廃棄物枠組み指令が6月に改正3)されました。この改正では、特に無害な物質循環を図るためには、製品および材料中のSVHCの含有有無について全ライフサイクルを通じた情報伝達が必要であると言及し、新たに廃棄物枠組み指令の第9条1項(i)として、成形品の供給者に対して、REACH規則第33条で定められている成形品中のCLSの情報伝達内容を、2021年5月以降、ECHAに提出することが義務付けられました。また、併せて第9条2項でECHAに対して、2020年1月までに成形品の供給者が提出するデータを格納し、廃棄物処理者に公開するとともに、要求があれば消費者にも公開するデータベースを構築することが求めています。これを受けてECHAは2018年7月に、2019年末までにデータ―ベースを構築することを発表4)しました。
REACH規則では、リスク管理措置として「認可」と「制限」の2つの枠組みで、特定の物質の製造や使用、上市などを規制しています。
認可対象物質については、各物質で定められている日没日以降は、認可申請をしていなければ上市・使用することができません。ただし、成形品は対象外であるため、EU域外で製造された成形品(輸入成形品)に認可対象物質が含有していても認可申請の対応は不要です。この場合は、日没日以降、改めてECHAが成形品中の認可対象候補物質によるリスクを評価し、必要に応じて「制限」の検討を行う流れになっています。
そのため、EU域内の成形品メーカーなどは認可対象物質の使用が禁止されていますが、EU域外の成形品メーカーなどで自由に使用できるといった競争上の不公平が発生していると2次レビューは指摘し、ECHAに対して、公平な競争環境の確保するために迅速に輸入成形品に対して「制限」ができるよう、日没日前から検討を開始できるような仕組みの検討を求めています。
現状、附属書XIVに収載された43物質のうち、2014~2015年に日没日が設定されていたいくつかの物質については、ECHAによって輸入成形品中の含有に対するリスク評価が実施され、2物質群について制限の検討が行われています。そのうちの1つが8月24日掲載の本コラムで取り上げた「4種のフタル酸エステル類」であり、現在、最終法案段階になっています。もう1つが「3種のクロム酸鉛類」であり、現在ECHAが2019年4月の提出を目途に、制限提案文書を作成している段階です。
REACH規則は施行から10年以上が経過し、現時点では条文自体は変更されていませんが、運用経験や知見をもとに、効果的・効率的に人の健康や環境の保護といったREACH規則の目的を達成するためにさまざまな改善が図られています。また、今回紹介した2次レビューの内容は直接的に企業に対応を求められるものではありませんが、当局の課題認識から今後の方向性を知ることができます。
このように運用上の課題に対して継続した改善が図られているREACH規則は、これまでと同様に、今後も世界各国の化学物質規制を先導する位置付けであると言えます。
(井上 晋一)
参考資料
1)EC プレスリリース
2)EC REACH規則第2次レビュー結果
3)廃棄物枠組み指令を改正する指令((EU)2018/851)
4)ECHA ニュースリリース