電子・電気部品に関する欧州の環境規制(RoHS指令)について紹介
2018.07.06
ポリ塩化ビニル(Polyvinyl Chloride:PVC)には、フタル酸エステル類のDEHP(CAS 117-81-7)やDINP(CAS 28553-12-0、68515-48-0)などが数十%使用されています。最近は、フタル酸エステル類を使用しない製品が開発されてきていますが、すべての製品がフタル酸エステル類フリー(意図的に使用していない)でないことや移行が懸念されています。
ことに、PVC以外の樹脂にフタル酸エステル類が使用されているのか、あるいは、リサイクル材へのコンタミなども懸念されています。
この懸念はEU RoHS(II)指令だけでなく、EU玩具指令(2009/48/EC)やアメリカの玩具製品でも論議されています。コンタミや移行は非意図的ですので、対応は難しいものがあります。
アメリカのCPSC(U.S. Consumer Product Safety Commission/消費者製品安全委員会)は、消費者製品安全法(CPSA)第108条で子ども向け製品(12歳未満)へのフタル酸エステル類の使用を禁止しています。このため、第102条により、該当する連邦児童の製品安全要件に準拠するために、CPSC認定ラボでテストすることを求めています。
2017年10月6日のコラム「フタル酸エステルの規制状況」で紹介しましたが、CPSCは2017年8月30日、特定プラスチックに特定のフタル酸エステル類が原材料として使用されず、また使用される特定の添加剤にも許容濃度を超えて含有する可能性はないことが示されたため、分析試験の実施を除外する規則を官報で公示しました。
この関連資料として、2016年10月20日に“Exposure Assessment: Potential for the Presence of Phthalates in Specified Materials at Concentrations Above 0.1 Percent:August 2016”(ばく露評価:特定材料に特定フタル酸エステルを濃度0.1%以上で存在する可能性:2016年8月)1)が公開されました。
この報告書では、DEHPやDINPなど10種のフタル酸エステル、アクリル樹脂やポリカーボネートなど11種の樹脂、原料、製造やリサイクルなどでの使用や混入などの5要因について調査、評価がされています。
この調査は、4段階で行われています。
以下に、報告書の部分的な意訳をお示ししますので、原文で確認をお願いします。
調査および評価は樹脂の種類ごとに5要因について、Tier1~4の情報により実施されています。報告書は本文が100ページを超え、附属書を入れると160ページ弱になります。ここでは、電気電子機器によく利用されるPC(ポリカーボネート)について要点を紹介します。
要因1 樹脂製造原料(Raw Materials)
いくつかの添加剤をPCポリマーとブレンドすることができますが、市販のPCは通常可塑剤は含まれていません。
しかし、調査では、可塑剤を使用した事例があり、コハク酸ジブチル、DBP(20重量%)、DnOP(DNOP)(0.8重量%)、1,3-および1,4-ジクロロベンゼン(0~5重量%)、およびジニトロビフェニル(0~25重量%)が含有されています。この場合は、フタル酸エステルであるDBPおよびDnOPをPCの可塑剤として使用した場合、0.1%以上の濃度になる可能性が高くなります。ただ、一般市販品ではないことに留意しておくことが肝要です。
要因2 製造工程
PCの製造プロセスはホスゲンおよび非ホスゲンプロセスがあります。
ホスゲン法は、ホスゲンと芳香族ジオールの縮合反応です。非ホスゲン法は、ビスフェノールとモノマーカーボネートとのエステル交換反応によって行われます。そのほかにも重合技術がありますが、いずれもフタル酸エステル類は使用されません。
商用グレードのPCの寿命を延ばすために、さまざまな種類の安定剤が加えられています。例えば、重合処理中に低レベル(通常5,000ppm未満)の熱安定剤が通常添加されています。いくつかのPCグレードには、難燃性を高め、煙を減少させる添加物が含まれています。また、市販のグレードには、UV安定剤(吸収剤)を添加や、重合処理を容易にするために、離型剤(1%未満の長鎖カルボン酸エステル)をPCに添加することもあります。
コハク酸ジブチル、DBP(20重量%未満)、DnOP(約0.8重量%)、1,3-および1,4-ジクロロベンゼン(0~5重量%)およびジニトロビフェニル(0~25重量%)のような可塑剤が、添加物として使われます。これらの可塑剤のいくつかは可塑剤の濃度および温度に依存して、可塑化および坑可塑化特性の両方を示します。例えば、DBPは、5~20重量%の濃度では抗可塑剤として、20重量%を超える濃度では可塑剤として働きます。
要因3 消費者向製品用途
PCは、FDA(米国食品医薬品局)から不活性成分として認められており、非食品使用が認められています。PC用の一般的な使用は、ほ乳瓶、シッピーカップ(幼児用蓋付きカップ)、およびほかの食器類になります。
ビーズネックレス、バッジ、おもちゃのクルマやトラック、子ども用サングラス、スイムゴーグル、スピントップ(海外のコマ)、アウトドア用品等のペグ、ベビーミラー、バスケットボールのバックボード、子ども用の椅子、マスク、シールドもPCから作られています。
要因4 製造におけるフタル酸エステル含有リサイクル材料の使用の可能性
PCのリサイクルには、化学リサイクル(解重合)がありますが、多くは機械的に寸断します。PCを解重合法でリサイクルする場合は、得られた新しいPCにフタル酸エステル類が存在することは考えられません。フタル酸エステルは、市販品には使用されていませんが、稀ですがDBPとDnOPはPCの製造に使用され0.1%を超える可能性が否定できません。したがって、新しいPC材料が機械的に寸断した再生材料から製造されていることもあり、この場合は元のPCに存在するフタル酸エステルが再生材料で製造されたプラスチック中に存在する可能性があります。
しかし、リサイクルされたPCを使用して、どの程度新しいPCを作るのかを示すデータ、または結果として、リサイクルされたPCが玩具や育児用品を作るのに使われたかどうかは分かりませんでした。リサイクルされたPC材料が新しいPCの製造に日常的に使用されているかどうかは、この調査から決定することができませんでした。
要因5 潜在的なフタル酸エステルのコンタミ(汚染)/移行
モノマーであるBPAは容器から移行することが知られていますが、特定のフタル酸エステルのいずれかがPCから移動または浸出したことを示す報告(間接的にフタル酸エステルの存在を示している)はありませんでした。
移行は、水用PCボトルでは確認されましたが、玩具や育児用品では確認されませんでした。高圧蒸気(121℃、2時間)では、PCボトルは約1~4ppbのBPAやそのほかの有機化合物を浸出しましたが、DEHPの分析ではフタル酸エステルは検出されませんでした。
3種類の移行試験を使用してPCを試験しました。
このプロジェクトで特定のフタル酸エステルの含有分析したPCボトルにはDBP、BBP、DEHPなどは存在しませんでした。
Exposure Assessmentでは、
(1)樹脂の用途をGoogleやアマゾンの商品検索も使って調べています。“レ”が確認されたものです。
玩具 | 育児用品 | 家庭用品 | 医療製品 及び器具 |
建材 | その他 | |
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(i)アクリル樹脂 | レ | レ | レ | レ | レ | レ |
(ii)ブタジエン-エチレン樹脂(EBR) | レ | レ | レ | |||
(iii)エチレン-ブテン共重合体(EBC) | レ | レ | ||||
(iv)エチレン共重合体 エチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA) エチレン-ビニルアルコール共重合体(EVOH) |
レ | レ | レ | レ | レ | |
(v)エチレン-プロピレン共重合体(EPM)およびエチレン-プロピレン-ジエン共重合体(EPDM) | レ | レ | レ | レ | ||
(vi)イオノマー(イオン架橋した重合体)(Surlyn®) | レ | レ | レ | レ | ||
(vii)ポリカーボネート(PC) | レ | レ | レ | レ | レ | レ |
(viii)ポリスチレン(結晶性および汎用[GPS])、中耐衝撃(MIPS)、超高衝撃(SHIPS)グレード;スチレン-ブタジエン共重合体(SBC)) | レ | レ | レ | レ | ||
(ix)シリコーンゴム(SR) | レ | レ | レ | レ | レ | |
(x)スチレン-アクリロニトリル共重合体(SAN) | レ | レ | レ | レ | レ | |
(xi)スチレン-ブタジエン-スチレンゴム(SBS)、スチレン-ブタジエンゴム(SBR) | レ | レ | レ | レ |
(2)樹脂への特定10フタル酸エステルの含有状況のまとめ
BBP、DINP、DIDP、DPP(PENP)、DnHP(DHEXP)、DCHPは報告がありませんでした。
樹脂のPMMA/PAN、EBR、EBC、EVA/EVOH、EPM/EPDM、PC、GPS/MIPS/SHIPS、SRの8種類に、DEHP、DBP、DIBSおよび可能性としてDnOPの存在が報告されました。
フタル酸エステルの濃度が0.1%を超えて報告されたのは次のものです。
そのほかの樹脂については、フタル酸エステルの濃度はCPSIA第108条で規定されている0.1%以下と予想されます。
(注)含有は直接測定したものではなく、Tier1~4の調査によるものです。
消費者製品安全法(CPSA)第108条による子ども向け製品(12歳未満)へのフタル酸エステル類の認定ラボでのテスト免除の根拠となるのがこの報告書です。
アメリカらしい調査方法ですが、日本企業が調達している樹脂に特定フタル酸が含有している可能性の推定の参考資料になります。
PCの評価では、市販PCには可塑剤は入っていないとしつつも、文献、情報調査ではDBPやDnOPが使用されることが否定できないとしています。企業にとっては悩ましい評価です。
また、リサイクルでの混入も気になります。ことに、EU RAPEXでプラスチック製の人形に、DEHP0.2471%、DINP0.428%、DIDP0.1031%含有しているとして市場から撤退させられました(Alert number: A12/1575/17)。
一般的に意図的に含有させる場合は、20%前後ですので、非意図的含有と思われ、リサイクルや移行と推察されます。1%以下の濃度での摘発はほかにもあり、非意図的含有管理が課題となります。
非意図的含有管理については、2016年9月23日のコラム「非意図的添加とリスク管理」で紹介しています。
非意図的含有管理は仕組みで管理しなくてはなりませんが、この考え方は2017年1月20日のコラム「他業界に学ぶ化学物質管理」で、紹介しています。
原材料選択、メーカー選定、受入検査、サプライヤ加工管理、自社工程管理などの「モノ作り」の源流から管理する必要があります。フタル酸エステル類の混入だけが管理対象ではなく、品質全般の共通事項ですので、ISO9001やエコステージ2)などの既存管理システムに組込むことが肝要です。
(1)対象フタル酸エステル ★:EU RoHS(II)指令の特定フタル酸エステル
フタル酸エステル類に日頃から慣れ親しんでいないと、フタル酸エステルは別名が多くあり、戸惑いが生じます。フタル酸エステルは図に示しますように、ベンゼンにカルボキシル基が隣接して結合しているオルトフタル酸とアルコールのエステル(R1とR2)の総称で、R1とR2に様々なフタル酸エステルになります。
フタル酸エステルはオルト体が基本ですが、カルボキシル基がメタ(1つ空けた位置)やパラ(反対側の位置)もあります。メタ体はイソフタル酸、パラ体はテレフタル酸とも呼ばれます。
フタル酸エステルには別名が多くあります。別名にはそれぞれ意味があり、分かると理解が深まりますが、参考のために名称と構造式を追記します。分子式は同じながら、構造異性体が多いことが分かります。なお、別名は一部の紹介です。
(i)Di-(2-ethylhexyl) phthalate(DEHP)(CAS No 117-81-7)★
(ii)Dibutyl phthalate(DBP)(CAS No 84-74-2)★
(iii)Benzyl butyl phthalate(BBP)(CAS No 85-68-7)★
(iv)Diisononyl phthalate(DINP)(CAS No 28553-12-0 68515-48-0)
(v)Diisodecyl phthalate (DIDP)(CAS No 26761-40-0 68515-49-1)
(vi)Di-n-octyl phthalate(DnOP)(CAS No 117-84-0)
(vii)Diisobutyl phthalate(DIBP)(CAS No 84-69-5)★
(viii)Di-n-pentyl phthalate(DPP)(CAS No 131-18-0)★
(ix)Di-n-hexyl phthalate(DnHP)(CAS No 84-75-3)
(x)Dicyclohexyl phthalate (DCHP)(CAS No 84-61-7)
(2)対象樹脂
(松浦 徹也)
1)https://www.cpsc.gov/s3fs-public/ThePotentialforPhthalatesinSelectedPlastics.pdf
2)https://www.ecostage.org/